プロジェクトチームのリーダーでありながらMtgに10分も遅刻したことは、言い訳の余地のない最低な行為であることは重々承知しているし、今後二度とこのようなことがないようにもちろん深く反省するつもりでいるが、あえてこの場をお借りして今日の遅刻について説明したいと思う。何も許してもらおうなどと考えているわけではない。ただ、みんなには僕の遅刻の理由について知る権利がある、そう思うからだ。
昨夜のBar「delusion」は月曜の深夜ということもあって、実に閑散としていた。先客はわずかに1人。常連だが話したことはないおじさんだ。僕はカウンター席に座り、いつもどおりビールを注文し、煙草に火をつけた。
灰皿に吸いさしの煙草の山が出来た頃、1人の女の子が入ってきて、カウンターに座った。鮮やかな金色の短髪にピアスという出で立ちの彼女は、短く「ビール」と呟き、バッグからおもむろに「本」を取り出し、読み始めた。
彼女は僕の視線にもまったく気がつかないほど熱心に本を読んでいた。パンキッシュな黒いTシャツから伸びる白い腕、赤すぎるほどに赤い口紅、存外に繊細な首筋。彼女はどこか厭世的で、それがゆえに妖艶な雰囲気を纏っていた。
僕は飲み物をウィスキーに変え、彼女に尋ねた。
「何を読んでいるの?」
「『チャタレイ夫人の恋人』」
飲み慣れないウィスキーのせいか、朝は頭が重かった。どうやら彼女はもう帰ってしまったらしい。シャワーを浴び、冷蔵庫からオレンジジュースを取り出すと、テーブルの上に置き手紙があるのに気が付いた。
「昨日の事は忘れてください。
あなたにパンツをはく資格はないわ。
最低よ。」
酩酊していたせいか、思い当たる節がなかったが、時間もない。着替えて出ようと思い、パンツを探したのだが、案の定「履くに値するだけのパンツ」は一枚もなく、例にもれず全てのパンツにハサミが入っていた。
要するに、遅刻した「10分」というのはパンツを探すために必要最低限の時間であり、もし仮に僕がパンツを買いにコンビニに寄っていたら、遅刻は10分では済まなかったはずなのだ。
これを言い訳にするつもりはないが、パンツを諦めてMtgに参加し、除籍本の抜きだしまで精力的に取り組んだ僕の反省する気持だけは汲んでもらえればと思う。