やっぱり大塚駅は他の駅と違って乗客の乗り降りが結構ありますね。さすがJRパワー。
「しかし荒川線の真骨頂は、庚申塚あたりから飛鳥山にかけて民家と接触せんばかりの、布団や毛布なんぞが遠慮なく干してある所有権の曖昧なフェンスに護られたながいホーム・ストレートにあり、運転席の背後に立ってこの直線を走るときの固いサスペンションを介して足裏に響いてくる心地よい振動と左右の揺れは乗り合いバスでも代替できるものの、横光利一ふうに言えば踏切を《黙殺》してトップスピードに乗り、火花が飛ぶほどのブレーキングで滝野川のシケインを抜けて、渋滞でないかぎり東北新幹線の高架下までの公道との併用軌道を相当な横Gを乗客に課しながら下っていくわずか1、2分の下り坂がもたらす原初の快楽を満喫できるのは、あの由緒正しい花やしきのジェットコースターを除いてほかにない。」(『いつか王子駅で』 p.22~23)
そうです。この小説中にもあるように、やはり大塚を出てから先、王子駅前までの区間が荒川線の真骨頂と言えましょう。この区間が一番動きに変化があります。
何と云うんでしょうか、電車もコースも「やっと人が多い区間を抜けたか。いっちょやったるぜ」って感じを出してるんですね。束縛からの解放、とでも云いましょうか(笑)本当に専用軌道ギリッギリのところまで周りの民家の布団や、植木鉢、その他もろもろが置かれていて、その間を飛ばしていくわけです。結構揺れもあります。
「火花が飛ぶほど」はブレーキングしませんでしたが、そのままシケインも通り、しばらく行くと公道との併用軌道に出ました。このあたりでは路面電車線用の信号機が「車」用の信号機の下についています。免許をお持ちの方ならおわかりになると思いますが、教習所の学科で習うあの黄色い矢印の信号機です。
渋滞はしていませんでしたが、途中いったん交差点で信号が変わるのを待ちます。路面電車であっても交通ルールはほぼ同じようなもの。トラックやバス、乗用車に交じって電車が交差点待ちをしているのはなかなか異様な光景に感じられますが、このあたりの風景におなじみなのでしょうね。
ヴヴヴヴ…と唸りをあげて交差点を発進。一気にスピードを上げます。王子駅はすぐです。
「花やしきのジェットコースター」に匹敵する下り坂に差し掛かりました。横Gはそれほどでもないですが坂がS字カーヴになっているんですね、確かにジェットコースターみたいです。運転手さんがブレーキをかけつつ、見事にクリア!東北新幹線の高架下を通って王子駅前に出ました。
ここでもやはり乗り降りの動きがあります。どうやら乗客の半数くらいは入れ替わってしまったようです。私も当初の予定ではここで終わりにするつもりでしたが、どこまでいっても同じ料金なら…というケチ根性と、どうせ時間があるから、という要するに暇人根性が出てしまい、結局このまま旅を続けることにしました(笑)
目標変更。終点三ノ輪橋駅。
といっても、ここから先は荒川線そのものに関しては、特に何もありませんでした。やはりさっきの区間が一番変化に富んでいて王子駅を超えて荒川区のあたりに入るとただまっすぐ専用軌道を走るだけなのです。
別に退屈、ということはありませんよ。電車の周りに広がる光景はまさに下町そのもの。ゆったり、まったりとした空気が流れて、東京であって東京でない感じ。まるでタイムスリップしたみたいです。
途中荒川車庫前駅で運転手さんが交代します。ここの見どころは運転手さん専用のホームが乗客用とは別にあることです。そして、路面電車のスピードを操るハンドルがあるのですが、そのハンドルを覆う袋?のような布は各運転手さんがそれぞれ持っていて、乗り換えの際に名札(荒川線にはその列車の運転手を示す名札が運転手席横にあります。「この電車の運転手は~です」)といっしょにはずして自分のカバンにしまうんですね。交代時の、運転手さんがみせるこの素早い一連の動作は必見です☆
あ、あとこの区間では時々建設中の東京スカイツリーを望むことができます。新たな下町のシンボルですね。
そうこう云っているうちに終点三ノ輪橋に到着。所要時間約1時間の小旅行でした。ありがとう、都電荒川線!
さて、それではこれからどうしましょうかね。何も考えずにここまで来てしまいました。とりあえず最終的にはJRにたどり着かないと…。とりあえずあたりをぶらぶらしてみますか。
下町を走る都電荒川線の終点なので、つまり三ノ輪橋界隈は下町中の下町ってことになるのでしょうか、三ノ輪橋駅自体も下町なのか『ALWAYS 3丁目の夕日』なのかよくわかりませんがそういう雰囲気を意識しているみたいです。
駅を出るとすぐにアーケード商店街がありました。「ジョイフル三ノ輪橋」というそうです。なぜかバンプ・オブ・チキンの『天体観測』が流れてました(笑)昔ながらの専門店がいまだに元気みたいですね。スーパーに負けるな!
しかも「ジョイフル三ノ輪橋」以外と長い!いろんなお店がありました。手作り餃子のお店がなぜか2軒も。このあたりでは餃子が人気なのでしょうか。そのほかにも昔ながらの惣菜屋さんが揚げ物を揚げていたりとなかなか面白いです。下の写真は八百屋さんの前で売られていた自家製漬物の面々です。
やっとジョイフルを抜けました。突き当たりのところに看板があって左に行けば駅なのですが、右手に行くと…「荒川総合スポーツセンター」とあるじゃないですか!これは行くしかない!!
「荒川総合スポーツセンター」の何に興奮しているんだ、お前、と思われるかもしれません。しかし私は忘れていました、ここは荒川区だということを。最寄りのJR駅が「南千住」であるということを。ご存じないかもしれませんが「荒川総合スポーツセンター」は「東京スタヂアム」の跡地に建てられた施設なのです。
「東京スタヂアム」自体皆さんご存じないかもしれませんね。今のプロ野球、パシフィック・リーグに所属する千葉ロッテマリーンズの前身、オリオンズの本拠地だった野球場です。確か『こち亀』にも出てたと思います。
当時の下町の人々にとっていちばん身近なプロ野球球団は巨人ではなくオリオンズであり、野球場は後楽園ではなく東京スタヂアムだったわけです。しかし、経営難などもあって30年以上前にスタヂアムは取り壊されてしまいました。
かつての東京スタヂアムが今は「荒川総合スポーツセンター」になってしまっている、ということは前から知っていたのでこんなに興奮していたのです。プロ野球ファンとして是非巡礼しなくては!ということでまたまた予定を変更してレッツ・ゴー。
こんなに予定変更ばかりしていて大丈夫か、と思いつつ民家の間の細い路地を抜けていくと、あっ銭湯が。すごい、まだ残ってるんですね。商店街で買い物をするおじいさんと孫娘の二人乗り自転車といい、下町は人情の街であることを実感させられます。広い道に出ました。そして…あった!荒川総合スポーツセンター。
微妙にダイヤモンド型をしたその敷地の形だけが、かつてここが野球場であったことを示していました。何か記念碑的なものでもないかと周りをぐるりと。あ、スタヂアムではないけど一応野球場もあるんですね。近所の野球チームが練習していました。この暑いのに…
ぐるりと回ってみましたが何もありません。激しく落胆。そして何よりも暑い!暑い!!暑い!!!新しく買ったペットボトルの水があえなく消し飛びます。軽く熱中症気味です。これはまずい。
ヤバい、ヤバいと思いつつも涼む場所がありません。こうなったらさっさと駅にたどり着くしかない。そう切り上げる決心をして案内標識を見ると「JR南千住駅…約1キロ」。はっ?なんですか?1キロ?1キロも歩くのかよ~。
この灼熱の中をあと1キロも歩くなんて…。それは苦行以外の何物でもありませんでした。買った飲み物は片っ端から消え、片っ端から汗となって流れて行きました。そう、まるで砂漠です。このあたりは低い建物が多いので日陰もそんなにないのです。
そして熱中症気味で働かなくなった頭の中では、あの名曲が流れていました。まさにこれは『東京砂漠』だと。
「あなたがいれば~ああ、うつむかないで~
歩いていける、この東京砂漠ぅ~
」(内山田洋とクールファイブ)ですよ。優しさ(人情)はあふれていますけど物理的に砂漠でした(笑)ほんとに。
終わりに
結局本格的に熱中症になる前に南千住駅に着くことができました。常磐線に乗ったときのあの爽快さは当分忘れられそうにありません(笑)最後はちょっと大変でしたが今回の旅はとても良い旅でした。下町の人情に触れられた気がします(笑)長い夏休み、暇があったらぜひ皆さん行ってみてください、面白いですよ~。私はまた下町に行こうと思うのですが何か「下町の」古典・名作小説ってどんなのがありますかね?私が思いつくのは永井荷風の『濹東綺譚』位なのですが…。お勧めの本がおありでしたら、ぜひコメント欄にお願いします。
あっ、もちろん感想なんかもお気軽に。
それでは長くなってしまい申し訳ありませんでした。
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